以下はたーさんが独断と偏見に基づいて想像した「陰の図面」の解釈です。
この作品を読んだ読者の大半は、「この小説は一人の下士のサクセスストーリーであり、当時の世襲制度から考えれば、先ずありえない完全なフィクションである」そんな風に思うのではあるまいか。
しかし、著者はその先を考えていたのである。すなわち、ある一つの条件が整えばこの話は有り得る物語である・・・と。その条件とは何か。それは「藩主とその血筋が、又左衛門を筆頭家老に重用してみよう」と考えた場合である。豊かな能力があり心血を注ぐ努力をしても、上士と下士の壁は厚く、封建社会においては限界があるが、この条件があれば出世は可能である。では、何故藩主はその思いに到ったか。その要件は以下の2点と想像する。
1、小黒家の取り潰しのやり方が余りにも姑息で、将来に亘って藩政を任せる人物ではないと考え
忠兵衛に見切りを付けた。
2、太蔵が原の開墾と言う比類のない実績と、又左衛門の平衡感覚を高く評価し、
藩政を託すに値する人物の可能性があると考えた。
しかし下士出身の人物を引き上げるのである。そこで長期戦を覚悟し、忠兵衛の失脚と又左衛門の昇格の機会を狙っていた。杉山派が執政を自派で固めてゆく様子を見ながらも我慢をし、遂に一つの罠を仕掛けた。
それが「鉛銀」である。忠兵衛は家老になったとき、当然の事ながらその存在を知らされている。筆頭家老になった時、「鉛銀」を有効活用しようと思いついたのである。
しかし、あの小黒家老さえも手を付けなかった「鉛銀」を、独断で勝手に使用するとは到底思えない。借財の返済に使いたいと、殿及び元締めに意見具申や相談ぐらいはするのが普通であろう。忠兵衛の性格からして最低でもその手順をふむと思われる。ここで待ちに待った「陰の陰謀」が発生するのである。殿はYESともNOとも言わず、曖昧な態度でその場を去る。(上司のよく使う手である)忠兵衛は暗黙の了解を得たと判断し「鉛銀」を流用する。後に殿は結果として「銀鉛」が使われたことを知る。神尾も承知していたことは当然である。
大会議の少し前、殿から神尾に指示があり、神尾は又左衛門に仔細を説明、蔵に案内する。大会議以降は小説の通りに事が運ばれた。殿が「すっと立ち上がり」・・・この時、殿は「忠兵衛・・罠に掛かったな」と心の中でつぶやいたに違いない。忠兵衛の「はめられた」は藩主に対して発した言葉であった。
以上の推測から「陰の図面」は藩主とその血筋が引いた図面であろうと考える。
筆頭家老に登りつめた又左衛門・・・彼は己の才覚と努力によってここまで来たと自負し、その図面の存在を未だ知らず、そして永遠に気がつかないであろう。知っているのは藩主と藤沢周平だけである。
小説では「鉛銀」に関して、突如神尾が又左衛門を案内し、鉛銀が二つしか無いことを知る場面のみが書かれる。これは読者にとって些か不自然で違和感を覚える。忠兵衛が使うことを決断した経緯や、どのようにして又左衛門がこの情報を得たかの顛末などを一切明らかにしていない。不思議と言えば不思議である。この描かれない場面、実はこれこそが藤沢が描いた「陰の図面」かもしれない。 独断と偏見に基づく解釈でした。
2008年10月記
ご意見・ご感想は たーさん
まで