『風の果て』に関して、藤沢周平作品の大ファンであるHN「青江松三郎」さんから、以下の投稿がありました。
青江さんは、本作品で、二つの点に関心を持っておられるようようです。
長文ですので2ページに分割して掲載をします。(原文のままです)
今年(2007年)10月18日より、NHK木曜時代劇にて8週にわたりドラマ『風の果て』が放映されます。藤沢作品の映像化を素直に喜べない僕としては非常に複雑な思いがありますが(笑)、それはともかく良い作品になることを祈ってやみません。さて、藤沢作品を深読みするのが大好きな僕は、この『風の果て』にも気になる点があります。
1)「この藩」の行く末(その後の又左衛門)
2)市之丞の真意
の二つです。
このうち 1)については、たーさんが調べてくださった年表から、我々の歴史との関わりを調べることが可能ですね。桑山又左衛門が筆頭家老になった文化四年(1807年)から、いわゆる“幕末”までは僅かに60年です。それは「この藩」(作中明記はないけれども、海坂藩と言っても過言ではないでしょう)もまた、激動の時代を迎えてゆくことを意味します。
又左衛門の目指したものはあくまでも幕藩体制の中での改善でした。彼はまさか自分の住む世界の価値観がひっくり返るようなことが起きるとは想像もしていなかったでしょう。それが時代とともに、そしてある日を境にほとんど意味を成さないものに変わってしまうなどとは・・・。(それは作者を含めた戦前の人々が、終戦を境に生き方を大きく変えられたことと似ているような気がします。)
ともあれ、彼の在任中、そして存命中にその体制は崩壊しなくとも、この藩もまた消えゆく運命にあります。その日は決して遠くなく、時代は連綿とその日に向かって流れていっています。その中で、彼の思いも、残したものも、時代のうねりとともに消えていったのでしょうか。興味を持たれた方はぜひ調査してみてください。いえ自分で調べればいいんですけれども、パソコンの不調に加えてプライベートの繁忙さがタダゴトではないもので、そこまで手が回らなくて・・・と言うか僕が勝手に心配しているだけなのでほっといても別に構わないんですが(笑)。ちなみにドラマでもその後の又左衛門が描かれるようですが・・・僕みたいなヘンな心配性の人はいないでしょうから、きっと政変後の「ある日の又左衛門」が見られるのかな、と思っています(苦笑)。(以上原文のまま)
山田洋次監督はいくつかの映画で、幕末を意識しているようですが、それはさておき1806年(文化三年)には、「外国船に薪水の令」が発せられていますし、その五年後には江戸湾砲台修築が開始されていますので、外国の脅威・幕藩体制の崩壊が多少見えてきたのかもしれませんね。東北の小藩(海坂藩)にその風が吹き始めていたかどうかは定かではありませんが・・・。如何に優秀な為政者であっても、永きに亘る政権は腐敗すると言いますから、杉山派の再度の台頭に苦慮している又左衛門かなぁ・・等と思っていましたが、それでは単純すぎますね。NHKが二年を追加するからには、それなりの意味を持った内容になっている筈ですから。(以上たーさん追記)
投稿は更に続きます。原作でもはっきりとしていない市之丞から又左衛門への果し状の真意について書いておられます。続きをどうぞ。