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「風の果て」の五日間


 『風の果て』の年代で多少記述したが、本作品は主人公「上村隼太・・・後、桑山又左衛門」が筆頭家老に登りつめる迄の話と、幼馴染の野瀬市之丞から、果し状を受け取り果し合いをする迄の五日間の話が交錯しながら進む時代小説である。

 本作品は、ある種の出世物語として捉えることが出来るため、私など初めて読んだときは、筆頭家老に到る迄のストーリーに注目してしまい、五日間の話は深く読んでいなかった。勿論、作品の狙いは出世する隼太に焦点を当ている訳で、期待通り充分に楽しめる作品であるが、何度か読むうちに、果し状を受け取ってからの五日間の物語も、中々味のある文章で綴られると思うようになった。

 何故果し状を突きつけたか、果し状の真意は一体何か。謎に包まれた野瀬市之丞の実態を、何としても明らかにしようと思いわずらう五日間である。この五日間だけでも一つの作品として充分に出来上がっているように思える。しかしながら上述したような、現在と過去が交錯する文章構成であるため、五日間の話は各章に分散されていて、一つの連続した話としては捉えにくい。そこでいささか邪道ではあるが、この五日間のみを一つの話として整理してみました。

章   名 行     動
一日目 片貝道場 文化四年の初冬、夜分になって、市之丞が「果し状」を持参する。
家士の青木藤蔵が受け取る。
藤蔵の話によれば、市之丞が当家に来たのは、春三月以来とのこと。
特に変わった様子はない。藤蔵に住処を調べるように指図する。
庭に鯉等を飼っている又左衛門の生活の豊かさなども表現される。
二日目 わかれ道 先ず、又左衛門は光明院を訪ねる。しかし会えない。
今朝方藤蔵がうろついていたところを見た市之丞は外出、当分帰らないとのこと。
太蔵ヶ原 光明院の帰り道、旧三矢庄六、現藤井庄六の家を訪ねる。石高二十石。
庄六は梵天川の堤普請に出ていて不在。
味噌汁をご馳走になりながら、庄六の彼らしい生き方を考える。
三日目 春の雪 朝、来客と会う、造酒問屋の西島、郡代の白井徳兵衛と作柄について。
藤蔵に市之丞の行方を探すよう指示して、午前十時登城。
暗闘 会議は一時間程で終了、不穏な動きがあることを知らされる。
相手は楢岡、松波の二人とのこと、杉山忠兵衛は無関係の様子である。
午後三時下城、初音町の料理茶屋「橘屋」で羽太屋と会合。
その後「ふき」の営む「卯の花」に立ち寄る。
日没後、舟で帰宅途中に刺客に襲われるが、なんとか難を逃れる。
今日は一日、政務に追われ市之丞のことを考えるゆとりが無かった。
四日目 町見家 庭の雑木もあらまし落ちて、もはや初冬である。
昨夜のことを思い出しながら、市之丞の「陰扶持」の真の実態を考える。
藤蔵が探索から帰ってくるが、実家を含め影も形も見えない、と報告を受ける。
政変 昔、市之丞が暮らしていた餌刺町宮坂の後家の家を訪ねる。
後家の「類」は未だにそこに住んでいた。市之丞は昔出て行ったきりだと言う。
「類」に五両の金を無心される。
又左衛門は、ふっと、市之丞は杉山屋敷に・・・と思う。
陰の図面 その後は初音町に寄らず帰宅、色々思案する。そして結論らしきものを出す。
かつての皆が昇進したのに、そのままの市之丞、陰扶持は忠兵衛からではないか。
そんな思いがよぎる中、藤蔵が帰宅「海穏寺」にも居ないことが報告される。
但し、市之丞は病気であると言う。奇妙な話ではある。
この日は更に二人の男と会う。(天空の声の章で語られる)。
五日目 天空の声 五日目の朝の日が昇り始める。
又左衛門は昨日のうちに二人の男に会った。(陰の図面で触れていた詳細
桐の間出仕の高瀬半左衛門と御槍組の中根又市である。
ここで市之丞に出ていた陰扶持は忠兵衛からではないか、と確信する。
その後の話は「天空の声」の本文の通りである。

 五日間、又左衛門の頭に中にあるものは、市之丞は何故果し状を突きつけて来たのかである。市之丞に出ていたと言う「陰扶持」を出しいた人物の指示か、一蔵を討ち取った以降の市之丞の生き方から来る怨念か、余りにも違ってしまった彼我の身分に対する私憤か、そして話し合う余地は無いのか。模索する五日間である。結局市之丞には会えず、改めて「誰が陰扶持を出していたのか」を再考し、一つの結論らしきものを得る。

 それにしても現在から過去への話の繋ぎ方が実に巧みである。出奔した一蔵を、市之丞が討つ羽目になるシーンは「春の雪」である。したがって、一蔵との一件がその後、市之丞の心にどう影響したかを推し量る場面は「三日目」迄は一切出てこない。当然といえば当然であるが、この辺もにくい限りである。

 この五日間は年号など一切出てこない。文化四年(1807年)としたのはたーさんの推測である。本作品のような形式で、連載小説の冒頭に書くことは作品にゆとりが無くなる。それにしても「陰の図面・・七」が書き上がって後、自然な形で第一章「片貝道場」の果し状を受け取った場面に繋がる、あらためて見事だと思う。

尚、五日間の話は、常に各章の冒頭に書かれているので、節番号は省略した。

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