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「風の果て」

「市之丞のつぶやき」


 死病を告げられ、体調の異変が実感として現われてきた野瀬市之丞は、一人静かにつぶやいていました。

 藩命とは言え、一蔵をあんな形で討ち果たし・・・挙句の果てにやつの女房「類」のところに転がり込み、あれから俺の人生は狂ってしまったなぁ。自業自得とは言え、このまま厄介叔父で一生を終えるのかと思うと、しかも病死で・・。

 それに引き換えあの三人は・・・筆頭家老を務めた忠兵衛は、最後に又左衛門に引きづり落とされ、又左衛門が思いもかけぬ筆頭家老になるとは、全く思いがけないことになった・・・ばか者同士めが!。
それに引き換え庄六は庄六らしい生き方で、やつは堅実に生きている。あいつは立派だ。藩を支えているのは、自分たちのような侍だと言うことを、庄六はわかっているからだろう。

 それにしても又左衛門は、何故忠兵衛と仲良く出来なかったのだ!。家柄のいい忠兵衛を筆頭に置き、己が次席で藩の運営をしてゆけば、藩政も上手く行くと思っていたのに。俺はそれを信じて走狗にもなったのだ。

 鹿之助が忠兵衛を名乗るのは当たり前だが、隼太が舅の孫助を飛び越えて、又左衛門を名乗ること自体、思い上がっている。庄六はずっと庄六のまま、あいつは賢い。

 殿からの陰扶持か、忠兵衛の自腹かは知らぬが、忠兵衛から金子をもらってはいたが、陰で俺は俺なりに、二人が藩政の中枢になれるよう手伝いもし、気を揉んできたのに、又左衛門のやつそれをずたずたにしやがって。

 忠兵衛は筆頭家老として、それなりに苦心をしやっていたではないか。それに引き換え、下士の己が出世をするのは良しとして、忠兵衛を引きづり落すまでやるとは・・・又左衛門は明らかにやりすぎだ。あいつがあそこまで出世をするからには、殿に対してかなりの甘言をしているのだろう。あの奸物めが!。

 忠兵衛に義理は無いが、又左はどうしても許せない!。二人に対する俺の想いを蹂(ふみにじり)やがって、やつを斬りたい思いだ。しかし今の俺の体力ではやつは斬れないだろうな・・・。だが俺も病死などしたくはない。いっそ、いや寧ろ奴に斬られるほうが、一人で寂しく死んでゆくより、俺がこの世に存在した証になるかも知れないなぁ・・・。

 又左に果し状を書こう。又左は受け取った後、何故だ!と戸惑うであろう・・・あいつには俺の心の内は解るまい。そして俺を斬った後後、人を殺害した人間の、いかんともしがたい気持ちをずっと持ち続ければいい。うぅん、俺もここ迄心がひねくれてしまったとは・・・。
しかし、いや、いずれ又左も分かってくれる日が来るような気もするが・・・どうだろうなぁ。

 まさか又左のやつ、この「果し状」を無視はすまい、やつは一人で来るだろうか、或いは物々しく・・・。まあその日になれば分かることだが・・・。やつの詮索から逃れるために暫く姿を消そう。北国の初冬は寒いなぁ。

 

このテーマに関心のある方方のお考えを参考にしながら、勝手な想像をつぶやきました。当然ですがこれは一つの考えにすぎません。

2008年11月 記

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